2023/01/02
木村家にも2023年がやってきた。お正月と言えば新年のご挨拶であるので、木村家はMIE Route1の菊池大明神へ年始の挨拶へ向かう。そう言えば、正月にてっさんと会うと人生設計が大幅に変わるような事態に陥りやすいので精神的警戒も必要だと思いながら歩いていると、フードコート内で最初に出会ったのがてっさんだった。心の準備ができる前からの遭遇となった。
昼食を取りながらの雑談。実は今年は思うところがあってJAFの国内Aを取っておきたいと構想を伝えると「え?じゃぁ美浜でVitzとかVitaとか出しますんで乗りましょうよ、もう決めた。」とてっさんは言う。VitzはわかるのだがVitaがよくわからない。「Vitzでお願いします。」とだけ伝えた。
フードコートを後にしコースへ向かうと、鈴鹿おろしの寒風が吹きすさむ中、GTドライバーの鶴田哲平選手とA氏(まだ掲載許可を取っていない)が出迎えてくれた。お正月だというのにMie Route1は大混雑。そんな中、大観選手のエスコートでお母さまがSodiレンタルカートを体験することになった。乗用車には乗れるので操縦には困ることは無いと思っていたが...。
エンジン音よりも悲鳴の方がうるさく、どこを走っているのかよく分かる。そして大観選手の紳士的エスコートにしびれを切らしたてっさんが乱入!お母さまのカートを後ろからグイグイと押していくではありませんか。悲鳴の音量はさらに上がりエンジン音が良く聞こえないセッションが走り初めとなった。
2023/01/22
ところ変わって美浜サーキット。てっさんの計らいにより、GTドライバーの鶴田哲平氏を招いてのレーシング走行会が開催された。木村大観選手と共に美浜サーキットに足を運ぶ。朝のブリーフィングが始まる。
てっさん「~~~、~~~。え~それから改めて口にすることではありませんが、車を壊したら弁償です。」
サーキットの鉄のルールで全ては自己責任。高額なレンタル料を課さない代わりに車両を破損した場合は原状復帰=弁償。わかりきった事だが練習走行会では必ず口にされる文言だ。
てっさん「で、木村さんは1本目はVitzで次はVitaね。」
園長木村「え?乗ったことないですよ!」
てっさん「いっしょ、いっしょ。」
一体何と一緒なんだ!文字列はVITZとVITAで一字違いで殆ど一緒だが、例によって雲行きが怪しい中、当初の目的通り最初のセッションでチーム車両のGT-Vitzをドライブできた。嬉しい。楽しい。社用車で乗り慣れたVitzが、ロールバーや4点ベルト、足回りの強化を図るとこんなに楽しい乗り物になるんだとしみじみ思いながら周回を重ねる。サスペンションがあると外荷重もかけやすいし小さなミスなら吸収もしてくれる。カートに比較して車体も回転半径も大きいので色々な挙動の変化が順番にゆっくり現れる。対処もしやすい。ただしサスペンションが限界まで沈むとそこから先は繊細な外荷重制御が求められるのでカートで鍛えた感覚がものを言う。微妙に若い人たちとはタイム差が1秒程度あるからもう少し詰めたい所だ。
そして雷鳴はとどろいた。
てっさん「次、木村さんVITA」
園長木村「えっ!?もう?」
年始にてっさんに会うと何か人生の歯車が変わる。粛々とメカニックの忍さんのブリーフィングが始まる。
「シフトは丁寧に。ラフな操作でギヤーを鳴らすとすぐ欠けちゃうんで。コースサイドでよく見ていますから。もしギヤ泣きしたら直ぐにピットに戻します。そこで1からクドクドと同じ説教をもう一度してからまたコースに戻ってもらいます。」
デリケートなトランスミッションのようだ。VITAのモノコックに園長木村は押し込まれ、ベルトで固定される。ブリーフィングが続く。
「Lowと2ndは入りにくいので太ももを避けてたたきつけて入れるぐらいで・・・不慣れなうちは3rd保持で、回るようだったら4thへ・・・スピンに入ったら必ずクラッチ踏んで。エンジン逆に回すと壊れますから・・・」※ VITAは右手でシフト。
気づけばピットロードに並んでいる。しかもVITAで。レッドシグナルが消えて自分のセッションが始まる。しかしこのVITAというマシンはシフトがどこに入っているのかわかりにくい。どうやらLowだと思っていたところが3rdだったようなのだが、そのまま発進していった。
尻触りはゴリゴリとした感じ。Vitzに比べると大きなカートのようだ。ステアリングの重さも心地よい。始めはおっかなびっくり乗っていても徐々にマシンに慣れてくる。それでも外荷重をかけるまでには至らない。少し持て余していると昔に指導された「アクセルワークだけで周回してみて下さいよ。」という文言を思い出す。初めての車両なのだから初心に帰ってアクセルワークで走ってみる。すると少しずつマシンの感覚が掴めてくる。「いやぁ、不慣れなマシンはこうやって慣らせばすぐにわかってくるんだ!」そう、リクリエーション的にアクセルワークだけで周回する。実際加減速は穏やかで、マシンの限界を大幅に超えるリスクが減るのだ。コーナーが決まってくるとこれはこれで楽しい。マシンにも慣れ、リアが流れるかどうか程度で抑えて旋回。「面白くなってきたぞ!」しかしコーナーを抜け、正体に戻ると何やら後方でバンと音がする。楽しく慣熟走行で周回できたのだが、その後も流れると戻るたびにバンと音がする。気になる。何かやらかしてないか??。約20分のVITA体験。結局は3rdに入れているつもりが5th(Top)で走っていたようなのだが、それでもVitzと同程度のタイムが出ている。次回があればタイムアップが楽しみだ。
あとで忍さんに聞いてみると「あぁ、バンと音がするのは仕様です。」ああ良かった壊してなかった。また年始早々てっさんの思惑にハマって中毒性の高いマシンを経験してしまった園長木村。Buzz沼...
2023/01/22
最終セッションはGTドライバーの鶴田哲平選手が同乗し、レーシング走行のレッスンが受けられた。まずは哲平選手のデモラン。実はこれが初の著名ドライバーの同乗走行。どんな走りっぷりかを堪能。全体に言えることは、自分の走りよりも少しずつ「外側」ということ。外側とはライン取りではなく攻め具合だ。「こんなにヤンチャに走っちゃっていいのか!」という学びになった。こればっかりは同乗しないとわからない。どの程度ヤンチャが許されるかは解ったが、その領域でコントロールできるかどうかはまた別の話で、取り急ぎ自分と哲平選手の外側2/3程度を羽目を外してみようと思った。
ドライバーを交代しコースイン。他人を同乗させサーキットを走るのは初めてだ。しかもこれからやろうとしていることはレーシング走行。自分の粗相で自分が怪我をするだけなら自己責任という考え方が当てはまるが、横に同乗しているのは哲平選手。未来ある青年を乗せている。よそ様の大切なご子息を乗せている。もし何かがあったら、彼と彼を応援している人たちの夢と期待を壊してsh「きむらっさぁ〜ん、ブレーキは、あ~もっと奥でいいですよ〜、シフトは丁寧でいいですね〜、ブレーキは奥ね〜、はいブレーキっっ、ハンドルきって、もっと切って、そぉ〜そぉ〜そぉ〜そぉ~、行ってぇ〜、行っちゃってぇ〜、行けぇ〜!、おぉうまいうまい、イケてるじゃないですかぁ!」
...いつもの哲平節が炸裂する。
哲平選手は自分とは全く違う観点で隣に座っていた。俺を少しでも早く走らせるために一所懸命だ。
「大観と0.5秒位しか違わないから狙えますよ。もっと練習してください!」
褒められるのは悪い気はしないのだが、いつも彼には大人な考えをかき乱される。ところで大人な考えとは一体何だ。何かをしないという意味なのだろうか。結局やってしまう大人になりきれない園長木村。
2023/02/19
そもそもの石野サーキットカート耐久レースは、KTエンジンによるスプリントレースとレンタルカートの間を補うような位置づけであったはずが、石野サーキットを取り巻くジェントルマン(顧客)たちのマニア性と大会委員長の性格が化学反応を起こして試合内容は極限に。気合の部分では既にGT耐久にレベルに達してしまっている。既にレジャーの域を脱した感もある。が、ここへ来て昔ながらの3時間耐久が帰ってきた。より初心者も参加しやすいドライバーに優しい耐久レースだ。
耐久レースはドライバー志望は集まってもサポートはなかなか集まらない。サポートが居ると話が早いことが多いので園長木村は今回もサポートを申し出ていた。ドライバーも1名欲しいとのことで我らが大観選手もドライバーとして参戦。親子でチームに貢献できそうだ。そんな耐久レースで園長木村が立ち会ったドラマなお話。
顔合わせのために前日に石野入りしててっさんと打ち合わせる。どうやらてっさんは当日は来られない、当日の決勝には長谷川社長がやってくる、その間木村さん宜しくといった内容だった。ATEAM Buzzからは2台。若いチームとジェントルマンチームでドライバーは3人ずつで3時間を戦う。おおよそのセッティングをしながら前日準備を進めた。
そして当日。草レースである石野耐久にドライバーとして現れたのは優勝実績を持つ現役GTドライバーだった。同チームでドライバーを務めるフォトグラファーが彼のファンで親交があり、今回石野耐久に出場する旨を伝えると何と一緒に戦おうと申し出てくれて、本当にやってきたのだ。
「俺のレースフィーは高いんだ」
でもそんな彼は焼肉弁当で手を打って足を運んでくれたそうだ。何というファンサービス。あり得ん。感動の美談に胸を打たれつつ不安が心を過りだす。
「現役GTドライバーを走らせるカートメカニック誰がやんの?俺がやんの?草レースの世話じゃなかったの?え、長谷川さん大風邪ひいて今日来られないって?」
どうするきむたく
どうもせず、正常稼働する性能が期待できるカートを3時間維持すればよい。でもそれができないから優勝候補のチームですら表彰台から脱落していくのが耐久レース。結局エンジョイレース対応では許されなくなった。
路面はほぼウエット。午後からは雨。後半曇りの予報。公式練習、タイムトライアルと工程は進む。マシンのセッティングも決勝に向けて意思決定しなくてはならない。GTドライバーからは実戦の空気を感じる提案が次々と出る。
「路面が乾いたときのためにリアトレッドは詰めすぎない...」
「フロントスタビは緩めすぎず、遊ばせすぎず。」
「もし晴れたらタイヤ交換せず、溝を削りきって即席スリック」
タイヤ交換の無い前提の作戦だ。思いついたとしても本当にそのセッティングを採用するところが凄い。タイヤ交換がない以上3時間走りきれるように木村は何度もマシンを確認した。ただ問題が発生した。スロットルワイヤーが雨に濡れると渋くなり戻って来なくなるのだ。石野に居ると言われているのレースの悪魔が「雨でもオンのままで走りなさいよー」と言っているのだろうか。この辺りは油をかけまくって誤魔化すほかなかった。
5時間耐久に慣れた自分にとっては過ぎてしまえばあっという間の3時間。順位は10/15位。ただしトップとの差は6周で、ワイヤートラブルがあった事も考えると充分奮闘したといえよう。GTドライバーの熱い戦いを間近で見られ、マシンを3時間稼働されられたことが木村の自信につながるレースとなった。
若いチームは...初出場の車両のスピンに巻き込まれて車両破損。叩いて直して完走はしたもののビリ。残念だった。
2023/03/11
寒さも緩んできたのでそろそろ新規格のタイヤを用意してみた。エア圧の情報もなく、駆け出し1.00Kgぐらいから試してみる。最初の数周が予想より良いグリップ感を示し、皮むきが終わると急速に横が控えめになって、ある程度落ちたところで横ばいになるといった感覚だろうか。もし、その最初のいいところを使いたかったら、公式練習をパスしていきなりタイムトライアルに進めばなにがしか恩恵があるかもしれない。小ざかしいことは止めよう。
この横が少ないタイヤで練習をしたからこそ気づいたことがある。KT100SECのクラッチの開閉だ。このタイミングが悪いと後輪の挙動に悪影響があり(自分にとって)これをなんとかしないといけない。
木村「コーナー入るまでは一緒に入って奥まで行くのに、出るときが遅いんですよ。それからクリップ付近の外荷重が繊細なタイミングでクラッチがミートするとそのショックが邪魔なんですよね~。」
りゅうじ「肝心な時にショックが邪魔ならもっと早くからアクセル踏めばいいんじゃないですか?木村さんは繊細やなぁ、そないな細かい事を...というか、アクセル踏むの遅くない?」
ブレーキの状態はさておき機械的に早めにアクセルを踏んでみる。するとボトムスピードが上がった。SL22でのタイムも上がった。SL22は自分の走りを見直すのに意味があったのだ。ただしこの乗り方をすると各種仕掛りポイントが変わってしまう。調整が試合に間に合うのか。いつもこのパターン。
2023/03/12
SL17でも悩んでいたのであるがリアが必要以上にめくれあがって跳ねる現象。以前はドライブシャフトを柔らかくして対応してみたものの、この度タイヤの変更に伴って一度全てノーマルに。でもコンディションによっては跳ねだした。跳ねないように入るともたつくし、跳ねちゃうと待ってる間アクセルが踏めない。苦肉の策として車高を一段下げてみる。バーンバーンと跳ねる感じはトントントン程度にしたのでこれで合わせてみる事に。来週の試合はいったいどうなるのか。
2023/04/01
夏のSL17ですら手組が困難なKRの純正ホイール。これがSL22となったら多くの方はお手上げの筈だ。とにかくビートが固い。自分など手組はほぼ不可能で工具を使った脱着となる。ここへ我らがあっくんが登場!なんと手組に挑戦した。が、敢え無く玉砕。というかそもそもKRのビートは大き目だし、SL22固いし、というか業務用じゃないんだからSL22ももう少しサンデーレーサーの事を考えて設計してほしかった。SL24希望。そして
「研究して今度もっかいやるで」
と言い残してあっくんは去った。
2023/04/01
石野SL第1戦の戦況は予選10/18位、決勝14/18位。レポートとしてもサイレンサーが取れて公式練習ができなかった位の事ぐらいで、成績もビリでは無いけれど月並み、記事にするほどのの話題も無いので割愛。
レース後テクニカルアドバイザーのあっくんにタイムの伸び悩みとコーナリング中の姿勢についてあれこれと質問してみた訳だが、すると...
あっくん「ブレーキは強く短くが基本。木村さん減速してからブレーキ緩めてハンドルまわしてへん?ブレーキ踏んで荷重が最大にある間にハンドルは切り出さんと荷重が逃げて意味無いで。」
今より速くハンドル操作を仕掛けてアクセルを踏むという事は、今まではスピンが怖いからブレーキ操作があって段々抜きながらクリップポイントに到達し、アクセルに踏み変えるといったイメージだったが、あっくんが言っているのはブレーキングによる直進前荷重でばたばたしてる、即ち従来の感覚では横方向にスピンしそうな怖いタイミングでハンドルを切り、車の向きが変わったころにアクセルを踏めという事だ。位置的にはクリップポイントのかなり手前となる。
そしてブレーキを残すという意味は、コーナーの奥までブレーキを残せという意味ではなくて、アクセルを踏み出したときにブレーキ圧が残っているという意味だったのだ。今の今まで足掛け4年間、そう、あの日に杉ちゃんが言っていた「僕はブレーキ残す方が好きですけどね。」をずっと間違えたままだった。クリップポイントまでブレーキを残していたからだ。
あっくんは続ける。
「木村さん、俺がグリップ走行せいと言ったから、言いつけを守ってずっと走って来たけれど、今日でこれももう解禁や。」
急に解禁されてもレーシング走行はグリップ走行、スライドは悪と信じて、そして体にしみ込ませてきたきたわけだから急には変えられない。でも乗り子としては状況が変われば必要な要求に答えなければならない。変えなければならない。変わらなければならない。ワークスから指示されたつもりになっている園長木村。
やるべき操作は、フルブレーキ中にハンドルを切り出し、車の向きが変わりだしたらもうアクセル。そして後半はアクセルワークで脱出、という事だ。皆やってることだ。筋力じゃない。タイミングだけだ。俺は木村巧だが藤原拓海だってクイっとやってる。
こうして園長木村は長年染み着いたグリップ走行を卒業し、スライド走行への移行の時が来た。やってみるが上手く決まらない。でも操縦できなくはないし、ベストラップはその日のファステストにはなるんだからこれは練習しないといけない。新しい乗り方が、こうも簡単に試せるのは、やはり基礎練習を積み上げたからなのだろうか。石の上にも三年。石野サーキットでも3年以上。おじさんにも新たな一筋の希望の光が再び差してきた。
曲率はあまり意識せず、ハンドルを切り始めたら出口まで向かう。遠くからゴミ箱に紙くずを捨てるが如く。ハンドル操作は全て一定。カペタなら「そこにコーナーは無い」作戦。コーナー内での処理は全てロスだから、全て仕掛ける地点で全て調整だ。位置が悪ければ、開始位置を変える。段々線から点になってきた気がする。岩瀬総監督、これから自分もあなたのスライド走行に続きます。
2023/04/20
職場で少し時間があったので乗ってきたバイクの黄ばんだ黄砂を洗う。大雑把な性格なので大雑把に水をかけて面積の広い部分をタオルで流す。
「そこの、隙間の汚れは落とさないんですか?」
岩瀬監督の指導が入る。
「綿棒を使えば届きますよ。」
色々とアドバイスも頂ける。
「ペーパーを畳んで押し込めばきれいになります。」
「奥の方が汚れてますね。」
「カバーを外せばひと拭きできれいになりますよ。」
「エアガンを使うのも手です。」
時間がないので程よく省略すると、
「木村さんそこでやめちゃうんですか?」
「気づいているのに残すんですか?」
ここは平日の職場なので幻聴なのだが確かに全て聞こえた。こんなに自分の私生活に影響を与えた人物数少ない。こりゃ学校の先生だな。パート2はまた次の機会で。
※おかげでバイクは大変きれいになりました。
2023/04/23
「それは言うてへんで。」
「スライドとかドリフトとか滑ったらロスなんやからそんなこと積極的に仕掛けていいとは言うてへんで。そもそもカートはアンダーが出る乗り物なんやから、滑ってしまうこと自体は仕方がないんやけれど、それやから最初から滑るものとして捉えて利用するだけや。味方につけるんや。滑ってしまうことはええとは言ったけど、滑らしてええとは言うてへんで。」
「そもそも俺はドリフトとかスリップとか大っ嫌いや。」
実は丁度自分もこの考えにまとまった頃だった。
2023/04/23
結局は乗り方をまとめていくと、変なきっかけができないのでだんだん跳ねなくなってきた。跳ねても抑えられるし、車に変化が出る前の挙動の時点で合わせれば良かったのだ。跳ねない乗り方が速いか遅いかはよくわからないが、困りごとが減ってきた気がする。
2023年4月某日
ノリと勢いでJAF-Aライセンスを取ろうと一念発起した木村親子はよく調べも考えもせずにてっさんに相談する。
「あぁ4月中ですね、いいっすよ。じゃぁ適当に日程合わせて。」
てっさんは気を付けないとホームセンターで自転車買ってくる位の簡単さでF-4マシンとか用意しちゃう要注意人物なのだが何かと頼りがいがあるので丸投げしてしまう。とにかく口で言うだけで「いいすっよ」の快諾とともにそれを実現させてしまう。多分、家がほしいとか、ほうれい線が気になるから消したいとか言ってもやってしまうだろう。
そしてその適当な日程の朝、木村親子は実地が行われる岡山国際サーキットへ向かう。9:30集合の為に名古屋を4:53に出発という鬼設定。山道ルートを利用して3h45m程度での到着だった。さすがは国際サーキット、朝から爆走する2輪。セッションが変わるとスーパーカートも走り出す。スピードもすごいが音もスゴイ。トイレが本コース横なので用を足していても全く落ち着かない。
どこの国際サーキットでも言えることだろうが、ローカルサーキットとは空気が違う。スケールも大きく違い、何某か命がけ感も漂う。同時に当てちゃダメなのでジェントルな雰囲気がいい。
午前中は座学という事なので教室に案内される。内容は...SLOと同じ、と少なくとも自分は思った。石野サーキットでコースライセンスを取得された方もほぼ同じと理解していい。ただ、同じフラッグの意味でもコースのサイズやスピード、発生するアクシデントの程度を考えると運用は密で、特にイエローフラッグがより現状に即した解釈が要求されるといった印象はあった。そして筆記試験。多分、コース上でのフラッグの解釈違いやアクシデントの対応能力に不足は無いと思うものの、これを運転免許試験場のように「問題文」として書かれると試験場の問題文宜しくどんな状況を表したいのかがいささか分かりにくい。難しくは無いが問題文が難解な筆記試験。木村親子は全問正解でパス。
座学が終わるとセッション間で行われる慣熟走行。SCカーに続いてコース内を2周する。ただこれは1車両1人という事らしいので大観選手はてっさんが持ち込んだVitzで、自分はQレンジのブリザックを履いたままのアウトバックで走行。
実は木村家で岡山国際サーキットを走ったことが無いのは自分だけ。大観は既に体験済みであったので初めてなのは自分だけ。
https://www.facebook.com/100001313158321/videos/1100870336633394/
長いピットロードを抜けてコース内へ。徐行といったニュアンスだったがSCカーは120km程度で先導していく。アウトバックも車両的には問題なかったが、コーナーに差し掛かると左にハンドルを切ると右斜め前真っすぐ、右にハンドルを切ると左斜め前真っすぐ、といった不思議な感触の状態を経験。ABSはオフにしたのだが、トラクションコントロールを切り忘れたのでひょっとしたらタイヤとの相性で何某か制御が入ったのかもしれない。この辺りも卒なくこなして終了。
午後からは実地試験、とは言ってもコースを塞いでクリップボードを持った怖い顔のオジサンの前で走らされる訳ではない。いきなり通常のセッションでの混合走行となる。この実績に基づいてサーキットからJAFに推薦状が出されてライセンスが発給されるという仕組みらしい。しかし見慣れたスポーツカーは勿論のこと、GT300仕様の300km/h超えな車両も待機している。我らの慣熟車両はご存じATEAM Buzz Vitz号。混ざっていいんか俺たち!?
Vitzの性能だとストレートエンド付近で140km~150km程度、ここからフルブレーキを仕掛けて1コーナーを曲がる訳だが、ブレーキングポイントを探し出す頃にふとバックミラーを確認すると最終コーナーを回ってきたLFA改が見えた。タイミングを見計らって1コーナーの旋回動作に入ると先程のLFA改が並んでコーナーを回ってくるではないか!しかもIN側の少し先を。スピード差100Km以上のGT300恐ろしや。
最初のセッションはレーシングスピードで走るVitzの挙動の把握、コースの確認、そしておよそのブレーキングポイントを見極めること。頻繁にブルーフラッグを振られてタイムも2:17。2回目のセッションは少しまとまってきて2:14。3秒速くなるとブルーフラッグを振られることもなくなった。一方、大選手は2:05で回っており、ついでにVitzも回しかけて帰ってきた。美浜サーキットでは0.5秒差まで詰めたので、岡山でも頑張りたい。また来るのか?俺たち...。
サーキットからの推薦状を書いてもらい、あとはライセンスカードが届くのを待つばかり。JAF-Aを使って何かをした記事を書くのも楽しみだ。ねぇ、てっさん。
2023/05/14
公式練習 ~ タイムトライアル
あいにくの雨模様で迎えた石野Rd.2。足掛け5年もレーシングカートに乗っているにも関わらずレインタイヤを購入してすぐ履いてレースにでるという経験が今回初めてだった。とにかくレインタイヤはグリップしないという経験しかないので、一体どうなるのか全くの未知数。少雨の中実際に走ってみて思った。
「ヌルヌル逃げるけれど、操縦できる程度にグリップするじゃん!」
そもそも今まで手にした中古2年保管タイヤとは柔らかさも弾力も違い、上手く言えないが靴底にスライムが入っているような感触ではあるがこれなら攻めて行ける。レースにおけるタイヤのコストは大部分を占める訳だが、頻繁にない不慣れな経験であるからこそ、いつ皮むきしたかもわからないような中古タイヤを使わずにNEWタイヤを使うべきだと思った。オジサンこそ長期保管したようなレインタイヤは履いてはだめだ。ましてや成長し始めた頃に、カチカチになったレインタイヤでハイドロ状態に突入し、制御不能な経験をしてしまうと恐怖スイッチが入ったままになりかねない。これは上達の妨げだ。
りゅーじ
「新しいレイン履けばちゃんとグリップするでしょ?以前木村さん、まるで氷の上を走っているようだとか言ってましたけれど。」
今までの感覚が何だったのか。訳の分からない恐怖感に支配されていたが何某か解放された。因みにTTは43.000sec。
予選
レインとスリックの両対応で待機していたが予選はスリックを選択。セッティングも全てノーマルに。グリッドは9/11。最下位にならないレースが増えてきた。スリックタイヤはRd.1で使用したレース落ちを、左右ローテーションでの装着。後悔するかな?でもレインタイヤの後にスリックで走ると「ああ、何てグリップするんだろう♡」と嬉しくなった。が、問題もあった。ローテーションの後にホイールのウェイトバランスを見なかった事だ。10000rpmを超えだした頃からフロントが振動しだし、14000rpmを超えると家電屋さんの立って乗るエクササイズマシンに乗ったような大震動。前を走るタクマ号のヘルメットが上下にブレて8の字の雪だるまに見えたほど。「ブルブルブル、あわわわわ、ガ~~、ブ~ン」。これが無ければトップスピードがもう少し出たかもしれなかった。それ以外は顕著なトラブルはなく順調にポジションは8位へ。8位で順調と言えるのがオジサンのゆとりと言い訳する。え?大観選手3位で通過したのにウェイト落ちで最後尾だって!?不足は僅か400gだったそうだ。雨からドライへとタイヤやホイール、フロントスタビライザー等の変更で重さが変わるんだよね。この点も気をつけよう。
決勝
大観選手が最後尾の11番グリッドに下ったので、園長木村は1グリッド昇格の7番グリッド。いったどうなることやら。隊列を組み、ローリングスタート。何からマシンが更に加速すると思いきや加速の足りないキムタク41号車を後ろから大観号3号車が押す。観覧席はウケてたらしい。ホールショット後はしばらく乱れるが、大観号は早々に前の方へ。キムタク号も頑張っていたが、目前の連中が多重クラッシュを起して「あ~終わったか?」と思うも全てパス。生還した。
その後もチーム車両を1台パスして結果は7位。予選で取ったグリッドのままチェッカーを受けたのは初めての経験。大体いつもだと後ろへ下がってしまうから。
「木村さんきれいに走ってましたね!」
傍からもそう見えたらしい。また少し上達を感じた試合だった。そして我らが大観選手は4位で表彰台を逃す。ウェイト落ちが無ければ表彰台に乗れてたかもね。残念。
2023/06/11
コースコンディションはレイン。第2戦で公式練習・タイムトライアルしか使用していないダンロップレインタイヤを装着してレースに臨んだ。が、これが失敗の元凶。公式練習で一瞬のきらめきは感じたものの僅か1ヶ月の保管で1年落ちのBS並みのグリップ。いや、グリップとは言えない。水はけの良いスリックタイヤだ。一度熱が入るともうダメなのだろう。こんな悪条件の中でスプロケットの選定も不適切、エア圧の狙いも外し、13/14位とは言え実質ビリ。チームメイトのスピンがあったから順位が上がっただけで実力とは考えたくない。そういえば予めTボーンやらないって約束してたよな。それにしても12位のカートに1秒弱の差位で張り付いていけてただけにタイヤの選定ミスが泣ける。タイヤさえ新しければ真ん中ぐらいに入り込めそうと思えた試合展開だった。
もうタイヤだけで勝敗に差が出てくるようになったので、もう下手な節約はやめよう。せっかくの試合が台無しだ。そもそも何故レースに出てるのか?前に出たいからだろ?俺。ドライもレインも上達してきたようだから素人おじさんの感覚を捨てなきゃ。素人メンタルからの脱皮に4年...
りんぞーさん居なかったら誰もいない。
PHOTO BY KEIJI TAKAHASHIど~こだ。
PHOTO BY KEIJI TAKAHASHIこ~こだ。
PHOTO BY TOKONAME CHARSIU2023/6/18
試合前の1週間前、この度のスポンサーThreebond様が諸般の事情でカートドライバーを急募していた。そして美浜耐久のオジサンを中心に声掛けがあり1チームが緊急結成された。そもそも幸田サーキットは訪れた事が無く、耐久レースも8時間枠などは経験が無い。何もわからないまま当日を迎えることになる。
幸田サーキットは採土場跡地を利用したと思われる山の中のサーキット。急こう配の坂を下りながら駐車場に向かう。集まったオジサン達は挨拶を交わし、支給されたスーツを着用し、見た目は早そうな印象。世話役意外は走行経験が無いので、短い公式練習時間で下見に出る。園長木村がコースに出られたのは終了間際で、1周してコースの形を覚えると既にチェッカーが振られていた。よくわからないまま8時間決勝へとスケジュールが進む。
ドライバーは5名。30分のスティントを延べ16ドライバーで走る事になる。ルマン式スタートでグリッドは1番。最年少の加藤類選手が1stドライバーを努め、怒涛のホールショットから序盤、トラブルもなく周回数を重ねる。1時間ほど過ぎた頃に3rdドライバーの園長木村の番が周ってきた。服装をチェックしピットロードへ。2ndドライバーが7/12位で戻ってくる。幸田サーキットM4耐久はプッシュアウト方式で、ピットロードにカートが戻ってくると前に止まっているカートに交代ドライバーが乗車し、出発する。この間に1分の停車が求められるので、その間に給油、計測器とゼッケンの張替を行って出発する。車両の個体差を吸収するために車両が入れ替わっていくのだ。Birelの軽量レンタルカートフレームにMZ200を搭載したスポーツカート。タイヤはダンロップの幅のあるタイプのタイヤで、詳細は不明だったがFDよりはグリップがありSL17寄りの印象。行儀よくピットロードを出てコースイン。いきなり長い下りのバックストレート。バックストレートエンドには最も急な180度ヘアピンが待っていて、幸田では最もスピンが発生しやすい場所だそうだ。連続4回スピンして、オレンジボールで呼び出されてオフィシャルから説教をされているドライバーも居た。
最初は控えめな位置からのブレーキング...問題は無い。蛇行するコースを抜けてホームストレートへ戻ってくる。タイムは58秒台。123コーナーを抜けると再び長いバックストレートが待っている。ブレーキの位置を探りながらアベレージ57秒台を維持する。様々な車両が走っている中でオーバーテイクを繰り返して上位を目指すわけだが、プッシュアウト方式なのでゼッケンは前だけ。リアのゼッケンは隠してあるので前の車両が誰なのかがわからない。我武者羅にオーバーテイクを繰り返す。腕時計を見ると30分が経過しているが、ピットサインが出ない。40分経っても未だでない。あ、出た。ピットロードへと戻っていった。無事に4thドライバーも出発しパドックでリザルトを確認。4位になっている。結構頑張ったから嬉しかった。ここから続く4位の試合。終盤はどうなっていくのか。
上位3チームは平均的に55秒台をマークしており、時折55秒フラットで、いつ54秒台に入ってもおかしくない状況で、これでは表彰台は難しいと思えてくる。午後1時過ぎ、2回目の順番が回ってきた。次の車が自分に合ってると嬉しいと思いつつ既に3周差。これはキツイがベストは尽くす。123コーナーとバックストレートエンドが要と思い、まずはバックストレートエンドのブレーキ位置調整。合ってくるとタイムは57秒フラットへ。あと少しで56秒台。タイヤに熱が入ってくるとグリップが増して123コーナーのブレーキが不要になり、アクセルオフも少量で済むようになり、そしてフルオンのゼロカウンターで走れる状態になった。念願の56.99をマーク。更に合ってくると56.76まで詰められた。この後はタイヤがオーバーヒート状態になりこれがベストラップとなった。ピットサインを確認してピットロードへ戻っていく。相変わらず4位のままだった。
夕方4時ころ本日最後の3回目の当番が周ってくる。どんなカートだろうか。残念ながらこの紫のカートはエンジンの元気が無くて57秒に入れるのが精一杯だった。それでも頭を下げ、スリップを使いベストを尽くしていると、遠いと思っていたライバルカーが周回を重ねるごとに少しづつ近づいてくる。10周くらい消費しただろうか、とうとうテールトゥーノーズ、左ヘアピンで並ぶ。安全確認も兼ねてふとドライバーの顔を確認すると、なんと手を差し出し、譲ってもらえたのだ。昔、りゅーじさんが言っていた、
「俺なんか苦労せんでも顔見るだけで道が開けたけどなぁ」
というセリフを思い出す。気迫で勝ってしまうとはこういう事なのか。エンジンは元気が無いが、ブレーキは良く効いたのでオーバーテイクはレイトブレーキを多用したラップだった。
そして試合は終盤を迎える。最終ドライバーの加藤類選手、意地でも56秒台をマークすべくアタックを続ける。そして念願の56秒台へ突入!間もなくチェッカーへ。順位は4位のままだったが充実感のあるレースだった。意外な事にあまり疲れていないのも不思議だった。
表彰式、どうやら2クラス混合での耐久レースだったらしく、優勝は各クラス毎に発表された。そこに我らがスリーボンドチームの名前があったのだ。総合4位、クラス1位という事だ。「え?クラス優勝だったの?」ダンロップのイエローキャップを受け取って嬉しかった。フレッシュマンと呼ぶにはふさわしくなさそうなオジサンたちだったけれど表情は若々しく嬉しそうだった。もう次の試合の課題を話してるようだが、もう次回参戦も確定なのかな?
2023/07/9
戦果云々よりも天候の変化が漫画の世界観だった石野SLO第4戦。話は前日より始まる。
前日
大観選手は大学のインターンシップで不在であった為、車両の準備は2台とも園長木村が行うことになる。早朝より石野サーキットに出かけ、パドックに工具類をセットアップして車両の準備に入る。まずはタイヤ4セットの16本抜きから始まり、リアトレッド、フロントカラー、可動部の清掃、エンジン・スプロケットまわりのレイン対応をする。結構疲れる。概ね準備が終わると仲間に挨拶をして3時過ぎに石野サーキットを後にする。
前日夜
自分は職場の仲間やお客様と共に美浜サーキットパドックに居る。JKオートさんの耐久レースにエントリーしていたからだ。エンジョイレースではあったものの耐久は耐久。夜に名古屋のおか田ラーメンで夕食が済んだ頃には間もなく12時を迎えようとしていた。
公式練習
予報通り試合当日は雨。レインタイヤを履いての練習走行となる。
タイムトライアル
自分たちのタイトラが回ってくる頃に陽が照りだし、路面が湯気を立て始めてアスファルトがどんどん乾きはじめた。「とにかくエア圧を落とせ!走るのは2~3周でいい。タイヤがボロボロになってしまう!」パドック内は大騒ぎ。ただ、幸か不幸かコースの計測器の電源が落ちてしまい直前に1つ前のタイムトライアルがやり直しとなって付かぬ間の空白時間が発生。その間にピットロードでタイヤ交換を始めた。「時間はまだある。木村さん落ち着いて行ってください!」すでにタイムトライアルは始まっていたが他のカートに混ざって何とかタイムトライアル計測を行うことはできた。
予選
ダミーグリッドに整列し、グリーンフラッグが振り下ろされようとしたころ、雨が降り出す。早速まわりだす車両が出始め、3コーナーで自分にもチームメイトの車両が突っ込んできた。生粋のレインスリック状態。慌てて復帰するも油断して5コーナーの芝の中へ。カートを押し出し、ブルーフラグを振られる中、何とか生還完走。
決勝
決勝はドライコンディション。全てのシチュエーションを1日で走る事になった。エンジンパワーがいまいち出ないと思いつつも、ベストを尽くす。そして例のチームメイトがまた俺の行く手を阻む...。どうしても側面のゼッケン4を毎回目の前で見せたいらしい。12/17位、DNFが3台あったので実質12/14位。
所感
キャブガス抜きをしているとプラグの緩みを発見した。これで少しパワーが落ちていたかもしれない。また今年に入ってNドライブシャフトで跳ねも無くなっているので柔らかめのセッティングからグリップ重視の固めのセッティングも試してみたい。もう少し上位を狙える気がしてならない。
レインスリック押し出されの図
PHOTO BY KEIJI TAKAHASHI2023/07/30
アスファルトを照らす夏の太陽。久しぶりの快晴に胸躍る木村。今日こそは重ねた屈辱を晴らすべく全力で試合に臨もうと思っていたところ、オーバーヒートのタイヤの扱いが素人なのか、はたまた酷暑のセッティング技術があいまいなのか、新品タイヤで出走したにも関わらず履き古した練習タイヤ程度のタイムしか出ない。この惨事は自分一人だけではなかったようでタイヤのロット不良による悪影響が出た説も飛び交った。戦況報告も書く気にならない程の体たらくでえあったので、チェッカーを受けた車両の中でビリじゃないとだけ記したい。例のMr.T-BONE氏はどうなったかについては彼のお父様がここに書かれる記事を目にしたくないとの事だったので割愛する。
2023/08/13
当然タイヤが生かしきれなかった件については龍司さんに報告相談。
「対策考えるから一旦こちらに預けて下さい。」との事だった。
それとは別に体格を考えると園長木村は上手く走った子どもたちに比べてテールヘビーなマシンとなる。大きな図体なので仕方がないが、通常よりもアンダー傾向が強く出る。以前決死のダイエットで更に減量してフロントに2Kg程度のウェイトを積んだだけでもかなり改善が見られたがまだまだノーズが入らない。そこで、違いが分かるまでは触るまいと思っていたキングピンに手をかけることにした。龍司さんも今の自分がそうすることに反対しなかった。とりあえず俺同様のマシンのたるみを補正すべくポジティブキャンバーへセット変更。これが面白いように曲がるようになったのだが抵抗感も大きかったので嬉しすぎてあまり角度はつけすぎない方が良さそうだ。キャスターも寝かしてインリフトも強めた。結構いい感じで走れる。セッティングはわかるようになってからやるといい。おじさんだから4年もかかったけれど、カートはまだまだしがむと味が出そうだ。
結果としてレース落ち後に2レースの間練習でこすり切った極薄タイヤで、例の新品タイヤよりも0.2秒早く走れたのでいよいよ自分もこの領域に差し掛かったんだなと感慨深い...何だったんだろう、あのSL22は。
2023/09/17
今日は石野サーキットでSL第6戦を戦っている筈だったのだが、学生生活最後の「学生」としての耐久レースに出走。大観は実習としてのレーサーではなく現役のレーサーだ。チームに恥じないレースになったかな?何、てっさんにBuzz号を借りて社会人として来年も走りたいとな?そんな事は自分の金でやれ。...いや、社会人枠なら俺も参加したいんですけれど...。
2023/10/07
まずは極端なセッティングから攻めてみる。ポジティブキャンバーはフレームヘタレ対応であるとしてトー角は別の話だ。スナイパー表示ギリギリにトーインしてみる。すると更にフロントはインに切れ込むようになり瞬間的な方向転換が表面的に楽になった。ただ向きが変わった後のアンダーが大げさに発生するので、後半のアクセルが踏みにくい。最初に向きを変える程度を一発で決めないとあとでごまかすのが大変といった印象。そして後のごまかしで問題が起こった。最終コーナーに差し掛かったころ先行する車両が若干トリッキーな動きでピットインをしていった。通常なら問題にするようなことではないのだが、問題はセッティングにあった。旋回中の急な軌道修正が思うように反応しなかったのだ。相手のリアバンパーに接触し、自分のフロントフェアリングが左前輪に刺さった。そしてハンドル操作ができなくなってホームストレートのクラッシュパッドと仲良くなってしまった。ステアリングシャフトとタイロットが少し曲がりあまり宜しくない状況に。極端なセッティング中は体験したことのない挙動が現れりるので気を付けないといけない。
2023/10/14
基礎練習とセッティングの研究の為に木村園長は今日も石野サーキットへ。大観選手は翌日のライブの設営で不在。ギタリストじゃなくってレーサーだったと思ったのだが。まぁいい。すると見慣れない少年が初心者枠のセッションで丁度ピットから走り出すところだった。少年はATEAM BuzzのレンタルMZ車両に乗り、エスコートにはチームメイトのF氏が付いている。本格的だ。レースカーは初めてと言ってはいたが、最近走り始めたT君のお父さんの先を行っている感があった。
セッションが終了し戻ってきた。ヘルメットを外すとかなり若い。話を聞くと今年カデットからSSになったTTちゃん(Audiではない)の学校のクラスメイトとのこと。で、「Tちゃんは?」と聞くと「今日は鈴鹿だって」えっ?何という事でしょう。学校の友達がカートに乗ってみたいというのでチームに紹介し、エスコート1人、メカに21年度SSクラスシリーズチャンピョンの河野選手を従え万全のサポート体制を敷いておきながら本人は不在。中学生で大人2人をアゴで動かしてしまう...う~む大物だ。
更に話を聞くと石野の最終戦に参戦する予定で練習を始めたらしい。スゴイ、おじさんたちとは違う。上手になったら参戦するのではなく参戦の意思決定を先にしてレースに向けて練習をする。もう精神力で負けそうだ。というか負けてる。しかもセッションを重ね、既にアベレージはMZで45秒台に入突入。
インターバル中、園長木村はセッティングに悩んでいるので河野選手に相談する。「今、トーインかアウトかで悩んでるの。」「まぁ結局は好みだと思うんだけれど、自分はトーアウトが好きかな?前荷重が抜けたあとでもグリップが確保できるから。」「図体デカイ同士だから参考になるかもしれない。試してみよう。スナイパー前いっぱいのトーアウトで。」横で少年は遠い目で話を聞いている。
「ステアリングとアクセルとブレーキだけで速くなると思ってた...。」
いやいやこんな話は先の話だ。そして「カート沼にハマる瞬間て何ですか?」といった会話の流れだったと思う。自分は「初めて実力でオーバーテイクが決まったりしたときかな?」これは無難。河野選手は続ける。「それはそうだよね。僕だとタイムトライアルとかで初めの何週かでタイヤをあっためて、コンディション掴んで溜めて溜めて、最後の1LAPでタイムボードの1位から5位を全部ずらして1番上にズバーンと自分のLAPを出したときかな?0.3秒ぐらい差を付けて。ぎゃははは...」もう楽しみ方の次元が違いすぎて言葉が無い。少年がボソッと口にする。
「何だかとんでもない所に来てしまった気がする...。」
君の感性は正しい。この日にパドックに居合わせた人でレーサーでなかった人はカートの清掃に厳しいT君のお父さんだけ。タイヤを擦り減らし、体力と時間を使ってどこへもたどり着かない乗り物に一所懸命に額に汗水たらして稼いだお金を溶かしていく。そんな事を始めようとしていない正しい大人の判断ができているのは彼一人だけだったと言えよう。あとは皆おかしな仲間たち。
表彰台の頂上には一人しか立てない。しかし、ここを目指して切磋琢磨する世代を越えた仲間たちと出会えることが自分にとってはお金で買えない財産だと思っている。
「おかしくない人って初めて言われた気がする...」よかったですね。
「シーサイドでまぁまぁ速かったら、誘ってみたらやってみたい言ってくれたので。」TTちゃん談
2023/10/14
曲がったパーツを叩いて戻してセッティングもノーマルにしてフレームまで曲がってないかの検査。まっすぐ走るしふらつきもない。まぁフレームのダメージは許容範囲。今度は極端なトーアウトを試してみる。もともとアンダー慣れしてはいるのでコーナー進入時の事前対応はそのようにするわけだが、乗り味が大いに違う所はアクセルオン時だ。荷重が後ろに回ってもフロントがよく入る。と言うか入りすぎてリアが流れるくらい。しかしこれが重要と考えた。アンダー対策でアクセルが踏めないよりも、リアが流れるかどうかぐらいのセッティングにしてアクセルオンで回っていった方がパワーバンドも維持できるしメリットが多いのではないかと。
2023/10/14
現時点での結論は、SS145Kgfの高身長の大人の重心はリア気味になってアンダー傾向が強く出るのでキャンバー角を適切に設定したうえでトーアウト、そして可能であればフロントにウェイトを積むといったところか。子どもたちのセッティングはまるで宛てにならない感がある。
2023/10/15
まぁこれも大学生らしい側面なので良しとしよう。
2023/11/26
基本的にこのブログと言うかサイトは中年のおじさんの些細な発見と解決を記事にしているので、成長が全くないと記事が書けないわけで、その2024年になってから2023年の記事を締めくくるわけですが、あー、とにかく経緯を見てみよう。
大雑把な戦況としては、何かを解決している訳でもないのでタイムトライアルでも大したことは無く、予選で多少は速いが乱暴な少年のクラッシュをかわして自分も芝生と仲良くなり、他でもなければコースに復帰する所ではあったが何かグレーの小さなパーツが飛んでいったように見えたのでマシンの大事を取って避難時へ。予選後に11コーナーの芝をチェックに行くとサイドバンパーの付け根の樹脂カバーが取れていた。結果としてはこの程度なら走り続けても問題はなかっただろう。
決勝は最後尾スタート。直前をSS初出場のレディーが走っている。お父様もコースサイドから観戦されている。この親子は実は以前に自分がコース内に倉庫の鍵を落としたときに日が暮れても一緒に探してくれたあの父娘。そう、大観選手の学童時代の仲間だ。他でもなければ適当に押し出してオーバーテイクするのだが彼女は初参戦。怖い思いをさせてレースが嫌いになったら大変。タイミングを合わせるのに苦戦をして6~7周ロスをしてしまったがジェントルを貫いて1コーナーで完全なタイミングでオーバーテイク成功。しかしビリ3ビリ4とは差が付いてしまい、かなり寄せてはいったものの残りの周回数では追いつくことはできなかった。最初から絡んでいれば更に順位は上だったと思われるが負け犬の遠吠え。一応当日の自己ベストラップは出ていたんだが。最低目標の「ビリはやだー」はクリアして2023石野SLの幕を閉じた。
上手くセッティングが決まらないまま2023年最終戦を迎える。いわゆるリアが決まらない状態。研究の結果たどり着いている専門用語でいうと「スナップオーバーステア」状態のマシンで1年過ごしてきたことになる。とにかくリアタイヤのグリップが低く、挙動もピーキーでおじさんには扱えない状態。逆に最下位以上をよくも維持できたものだと感心する。
最終戦にはメカニックに石野SL2022のシリーズチャンピョンの河野君が付いてくれた。
「木村さんの話を総括すると、そのコスミックフレームはリアが固すぎると思われるので柔らかくしていきましょう。いいタイヤを履いて本気でセッティングを探るチャンスですよ。」
とり会えず予選にはシートのステイを緩めてみる事から始めてみた。予選は散々だったのだが少しピークの山の尖りが穏やかになった感じがした。河野君は言う。
「緩める方向で感触がいいなら、決勝は2ベアかステー取っちゃいましょう。」
そして右後ろのステーを完全に取り外した。最後尾からのジェントルマンドライブが続いたので前半は歯がゆさもあったが、後半は、グリップ感も出てきてカートの向きが変えやすくなった事は改善傾向なのだが、まだピーキーな印象は残っておりまだまだ急旋回しすぎて恐ろしい状況。故に位置合わせが十分できなかった。でもこの方向だ。よし、もう少し柔らかくしてオフシーズン中に俺の位置合わせだ。
後日談「このフレーム例の評判の悪かった固いフレームなんですね。多分SL17はグリップがあったのでまだ何とかなったんでしょうけれどSL22だともうタイヤが負けちゃってだめだったんでしょうね。」
方法がある限りセッティングを続けるぞ~。
2023/12/24
子ども施設なので、冬にはダルマストーブを庭に出して焼き芋を焼く。寒空で暖を取りながら焼きあがったサツマイモをほおばるとこれがまたうまい。寒さに耐えながら低温で長時間焼くと更に甘さが際立ち生きてる事に感謝したくなるほどだ。この焼き芋イベントは1週間ほど続く。
最終日、サツマイモを焼き尽くしたストーブを見ると結構錆が出ている。朝露もあったりするから仕方がない。今年は錆が多めなので苦労しそうだ。
油を付けて拭き掃除を始めると、
「あ、拭き取るだけなんですか?」
「ブラシで錆を落としてみてはどうでしょう」
「う~ん、これはステントレイで洗った方がいいかなぁ」
岩瀬監督の指導は続く。
「蓋はバラせるんですから一気にペーパーで拭かずにブラシを使ってひとつづつやれば溝の部分もきれいになります」
「蓋の裏側真っ黒ですね」
「木村さん、まだブラシ使わないんですか?」
「あれ?ストーブの中の隅の方に灰がまだ残ってるじゃないですか!」
「白い灰は取っておけばタケノコのあくとりとか色々と使えますよ」
「え?簡単に外せるのに煙突の中は見ないんですか?」
岩瀬さん、24日なんだから、早く帰らしてください。
「これが木村さんの言うキレイにしたという事なんですね」
だからもう帰りますって。
このストーリーは不定期に続編が増えていきます。ネタを思い出したらその時期に記事を追加しますので、追記はコスミックカート時代だけではありません。